d’s diary

神奈川在住の30代会社員が考えるあれこれ 5月に出産し、育休中です。妊娠・出産・育児についてぼちぼち綴っています。

退院後の生活

気がつけば7月も後半・・!育児してると毎日があっという間です。

産後の怒涛の日々を綴っています。

 

退院後、赤ちゃんとの日々が始まりました。

ひたすら、授乳+おむつ+寝かしつけの繰り返し!!

かわいい服をたくさん用意していたけど、まずは何よりこの小さい命を生かさなければと思い、それどころではありませんでした。

 

毎日の育児はぴよろぐというアプリに記録することにしました。

www.piyolog.com

起きる・寝る・おしっこ・うんち・ミルクなどなど、都度記入するのが大変ではありますが、主人と共有できるのが便利です。こうやってまとめて1週間の様子を示してくれます。

病院で、ミルクメーカーが出してる育児ノートみたいなのももらったのですが、使いづらいので3日でやめましたw

       

            

横軸が日にち、縦軸が時間です。青くなってるのが寝ている時間で、丸が授乳。生後3週間くらいにしては寝る方だと思うのですが、寝付くまでが毎回長くて大変でした。

抱っこでゆらゆら→ベッドに置く→起きるのエンドレスリピート(T T)

我が家は里帰り用に一部屋用意してくれたのですが、夜中は赤ちゃんと自分だけなので孤独感もMAX(T T)

スワドルアップとかねんねクッションとか事前に用意しておけば良かったなと思いました。

 

ただ、いざ寝たら今度は息をしてるか不安で不安で!隣で熟睡するのも怖くて、1時間おきにアラームをかけて確認していました。寝不足辛すぎる。。

里帰り中って祖父母と交代でお世話するのが普通なんでしょうかね?でも祖父母も高齢だし、夜勤代わってとは言いづらく。

家事を一切しなくて良いのはとても楽でした。栄養バッチリ+好きなものだらけの食事が出てくるし、ありがたい限りです。

 

寝不足以外は心身ともに元気でしたが、大ダメージを受けていると聞くので、赤ちゃんのお世話以外はベッドでだらだら過ごしました。

 

爆誕〜退院まで③

今日は梅雨が戻ってきたみたいな大雨ですね。だいぶ過ごしやすいですが、それでも室温28度って、乳児がいると調整が難しいです。

 

記憶を遡って出産時のことを綴っております。今回は退院編。

出産後3日程、新生児室に通って、赤ちゃんのお世話をして過ごしました。3時間起きといっても一回の授乳+ミルクで1時間近くかかっていたので、毎日あっという間に過ぎていきました。

 

お産は普通に大変だったものの、母子ともに大丈夫そうとのことで、6日目に退院することになりました。退院が決まると突然色んな方が部屋に来てくれて、説明を受けます。1ヶ月検診について、退院時のお会計について、あかちゃんの診察券について、退院後飲むお薬について、出産記念品のプレゼントについて・・。

全部必要だし、ありがたいんですが、なぜか全部口頭で!コロナで面会禁止だったので、他に誰かいれば問題ないのかもしれませんが、疲れ切った頭で全部きちんと理解するのは結構大変でした。医療機関ってそういうものなのかな。普段、文書またはメールで生きてる内勤OLなので、びっくりしました。特にお薬の話とか間違ったらやばいのでは・・。

 

退院日は授乳して赤ちゃんにセレモニードレスを着せて、お昼過ぎに部屋を出ました。

主人と両親が迎えに来てくれて嬉しかったです。

本当は記念撮影とかしたかったけど、赤ちゃんがぐずったら困るので、車に乗り込み即移動!

私は入院した際の服をそのまま着て退院しましたが、最悪赤ちゃんが車で泣き出したら授乳する必要があるので前開きにした方が良かったかなと思いました。爆睡だったので不要だったけど。

 

病院ではベビーコットと呼ばれる小さいベッドにいたのですが、実家に着いてベビーベットに乗せると寝床に対して、赤ちゃんがちいさくてびっくり!そしてかわいい!

この日は主人が休みを取ってくれたので、夜まで一緒にお世話をしました。

 

爆誕〜退院まで②

出産記録をざーっと綴っております。今赤ちゃんが寝ているところなので連続で更新!1日3つ書くのは初めてです。

出産翌日、全然寝付けなかったのですが、いつの間にかうとうとして、朝になりました。看護師さんが来てくれて、悪露のチェック、血圧・血糖値の測定。もっと寝ていたかったけど、そんなことを言える雰囲気ではありませんでした。

 

朝食を食べて、早速授乳です。

私の出産した産院では母乳育児に拘らないところだったので、まずは抱っこして、授乳の体勢を習います。

新生児室はパーテーションで他の赤ちゃんと区切られていますが、隣のお母さんは2人目のようでとても慣れていて、母乳もよく出たようで速攻部屋に戻って行きました。焦る・・!

でも病院のスタンスがきちんと毎回栄養を与えることが何より大事という考えで、ミルクを用意してくれていたので、それを与えていました。

産んだ瞬間から母乳は出るようになるものかと思い、ミルク育児を想定していなかったのですが、頼らざるを得ないことに気がつき、入院中にミルク缶・消毒セットを購入しました。ミルクは種類が変わると飲まない赤ちゃんもいると聞いて、産院と同じものを使うことに。

時間が決まっていて、3時間おきに新生児室に行くスタイルで、夜は預かってもらえるので、今思えば楽だったかもしれませんが、産後のボロボロの身体でお世話をするのは大変でした。

 

名前はあらかじめ候補を3つに絞っていたのですが、顔を見てなんとなくこれかなと思ったものが主人と一致したので、それで決定しました。出生届は最低限記入して、分かるようにしておき、入院中に手続きをしてもらいました。

 

赤ちゃんに異常はないのか気になって、部屋に戻ってからはそればかり調べていました。愛情込めて育てるといいつつ、情けない親でごめんね。

 

爆誕〜退院まで①

出産記録をざーっと綴っております。今赤ちゃんが寝ているところなので連続で更新!

前の記事で生まれた日のことを書いたので、その続きを。

 

無事生まれて、すぐ写真撮ったり出来るのかと思いきや、赤ちゃんは諸々の検査のために別室へ。私はしばらく動かず安静にするよう言われました。

赤ちゃんの身長・体重、泣き声等検査して、問題ないと判断されてから、こちらに戻ってきてくれました。感動!やっと出てきてくれたんだ(;;)♡

ただ、そんな余韻に浸っているまもなく、「ではご主人はこのへんで・・」。コロナなので、終わったら速やかに退出を求められます。実際赤ちゃんと触れ合ったのは15分くらいでしょうか。あっけない笑。でもこのご時世立ち会いが出来ただけでも良かったと思います。

 

部屋に戻ったのは0時近くでした。この部屋を出たのは8時頃だったので、丸1日いなかったことになります。心身ともに疲労困憊でしたが、ハイになっていて全然眠れませんでした。

次の日から容赦無く、お世話が始まるので、目を瞑るだけでもしておけば良かったなと思います。

自分が母になるなんて!10ヶ月準備はしてきたつもりだけど、いざ産んでみるとふわふわした不思議な気持ちでした。

 

 

入院〜爆誕まで②

現在約2ヶ月遅れでこのブログを更新しています。早く追いつきたい(←毎回言ってる)

 

いざ出産!ということで入院し、促進剤で処置をしてもらったものの全然進まず、いったん部屋に戻ることになりました。

24時間体制でやっている病院だと、そのまま陣痛が来るまで続けるのでしょうが、私の入院した産院では時間が決まっているようで、夜は手薄にならざるを得ないので、一度ストップということらしいです。自分の会社のことを思い出しつつ、どこも人手不足なのは同じなんだなーとぼんやり思っていました。

ただ、素人ながらに不安が。このまま寝てる間に陣痛が来て、生まれそうになったらどうするんだろう(* *)

助産師さんに質問したところ、「夜は促進剤追加しないので、自然に早まることはないと思います。もしお腹いたくなったらナースコール鳴らしてください。多少お腹に違和感あっても眠れてるってことはそれは陣痛ではないです。」

眠れてるってことはそれは陣痛ではない・・なるほど、名言だなと思いました。

 

いざ寝ようとしてスマホをいじると家族からLINEが。「(弟)やっほー調子どう?」「(母)大丈夫ですか?」「(主人)そろそろ近くまで行ってようかと思う(立ち合いのため)」

みんな楽しみに待ってくれてるのは有り難いけど、プレッシャーなのでそっとしておいて(;;)

 

翌日は朝からガンガン促進剤を落としていきます。うーちょっとずつ痛くなってきた!

カーテン越しに同じように取り組んでいる(良い表現が思いつかない)方がいたのですが、その人は全然だったみたいで、私が苦しんでるの聞こえて嫌だっただろうなと思います。申し訳ない・・

 

間隔があいて、全然痛くない瞬間があるので、その間はネットをみたり、LINE返したりが出来ます。終始そわそわしている主人。自分が着く前に出てきちゃったらどうしようということみたいでした。

数時間後、いよいよ分娩室へ!ここで助産師さんが主人に電話します。「もう最寄り駅まで来ているそうなので、すぐ着きそうですよ〜」そわそわされて、辛いとか言ってごめん。とてもありがたかったです(;;)♡

どこで見たのか、テニスボールと時間測る用の時計、ハンディ扇風機を買って駆けつけてくれました。立ち合い出産、個人的にはとても助かりました。隣で手を握ってくれてるだけでありがたい。男の人的にはどうなんでしょう。自分は全然だけど、苦しんでいるのを見るというのは心理的に辛いのかな。

 

ただ、いざ分娩台に上がったのですが、そこからも全然出てこない・・!早産だったのはなんだったんだ!!!

一番肝心なところは正直記憶がないので省きますが、21時40分元気な赤ちゃんを出産しました。ヘトヘトでした。お産は体力勝負というのは本当ですね。

やっと会えて心から嬉しかったです。本当にお腹の中にいたんだー!というのが第一の感情でした。

 

今日はここで区切ります。

 

入院〜爆誕まで①

現在約2ヶ月遅れでこのブログを更新しています。

今回やっと誕生時について書きます。生々しい表現は避けたつもりですが、苦手な方はご遠慮ください。

 

私の出産した産院では、予定日を過ぎたら計画分娩をすることになっていました。お腹の中で大きくなりすぎると、大変だからということなのかもしれません。

直前に切迫早産になったこともあり、36週とかで生まれた人のブログを読んではそろそろ生まれちゃうかな〜などと思っていたものの、予定日になっても一向に気配なし!赤ちゃんが下のほうに降りてくるとか、胎動が減ったように感じるとかありますが、全然!

 

ということで、陣痛促進剤を使用する計画分娩になりました。

この場合は体調はいつもどおりですが、荷物を持って産院に向かいます。何かあっては困るので、公共交通機関を使わないよう言われ、タクシーで向かいました。

 

入院したのは4人部屋。もちろんカーテンで仕切られていて最低限のプライバシーは守られます。綺麗な病棟、しかも初めての入院でテンションが上がり、家族に自撮り写真をLINEで送る。呑気なものですね。

 

到着後、体温や血圧、血糖値の測定をして、ウェアに着替えるよう指示がありました。

その後、食事が運ばれてきます。

特に食事にこだわりがある産院ではなく、ザ・病院食って感じなのですが、それでも旅行気分でいただき、写真を主人に送る。

 

と、ここまでは終始わくわくしているのですが、午後から処置が始まります。

計画分娩はバルーンを入れる方法とラミナリアという棒状の薬を入れる方法と2つあると思うのですが、私はラミナリアを使用することに。

出来るだけ多くの本数を体内に入れていくのですが、痛い・・。

出産の痛みはきっとこの比じゃないなと思い、耐えるも痛い・・。

 

そして点滴で促進剤を入れていくので太い注射針を刺されます。

慣れていないので、既に恐怖。でもそんなこと言ってちゃいけないなと思い、耐える。

数時間横になり、点滴を少しずつ落としていきますが、特に変化なし。

ということで翌日に持ち越しになりました。24時間対応のところだとその状態で部屋に戻されるということはないんだと思います。

注射針が体にある状態で眠るというのが、なんだかとても恐怖に感じました。

 

4人部屋だと、同室の人のいびきが容赦なく、聞こえます。

既にお産を終えた方もいるのか、看護師さんが様子を聞きに来ているのが聞こえました。

私はむしろ他の人も頑張っているんだと分かり、ホッとしました。うるさいと思う人もいるとは思いますが・・。むしろこの不安な気持ちを抱えて、個室に1人の方が辛かっただろうなと思います。

 

長くなってきたので、続きは次回。

 

 

 

 

 

里帰り出産〜生まれるまで〜

毎日暑いですね。これから9月くらいまでこんな日が続くのでしょうか(* *)

節電要請がされていますが、乳児もいて命に関わるのでエアコンはつけさせていただきます。

TVは元々ほとんど見ないし、その他電気も大して使用していないので良いよね。。

 

前回の記事でも書いたとおり生産期に入ってから実家に里帰りしました。ドラマや何かでよくある「うっ産まれる・・!」というのを1人でやることになると思うと怖すぎたので。

ただ、これが意外とストレスでした。というのもこちらは初めての経験で人生の一大事というつもりで日々を過ごしているのですが、3人産み育てている母からすると「あなたも○○くん(主人)も大げさね〜」というテンションなんです。

分娩のシミュレーションをしたり、トイレに行くたびにドキドキしたり、そわそわして過ごしているのですが、家族間では友人の飼ってる猫がどうの、会社の上司がどうの、朝ドラがどうのという話題が日々繰り広げられます。どうでも良いいいいと思っても、こっちは居候の身(実家とはいえ)「妊婦様」になってはいけないと思い、これらの話題に興味を示しつつ過ごしていました。

出産後使うグッズもちゃんと揃えたかな、部屋は万全に準備出来ているかと思っても、「入院中にやれば良いじゃない」「昔はネットショッピングなんてなかったけどやれたわよ」というスタイル。

もしお祖母様世代の方がこれを読んでくださることがあれば、「昔はこうだった」は出来るだけお嬢さんに言わないであげてください。

 

早産傾向にあったのですが、結局は予定日を過ぎてもなかなか生まれず、通常モードの中病院に行って、陣痛促進剤を使用して出産することになったので、事前に里帰りする意味はほぼありませんでした。

完全な結果論ですけどね。あと、災害が起きる可能性を考えると、やはり臨月で1人避難は怖いので、里帰りして良かったのかもしれません。

でも2人目産むことがあればその時は自宅で過ごそうかなと思います。